インディアンサマー

人生の小春日和日記

つくり出される失業の在り方

2014.5.13


地震がまたあって目ざめたのにテレビだけつけてまた寝てしまって、今日も今日とて動き出したのはお昼過ぎで悲しいものがある。
テレビがつけっぱなしというのがまた悲しい。


気分転換のために予備校ではなくて図書館に行って勉強した。
図書館の近くの公園が良い雰囲気で、五月の緑と薄明るい午後の光とせせらぎの音の中で老人たちがスポーツ新聞を読んだりしていた。
相応に年老いて相応に死んでいくというのが客観的幸福でも客観的不幸でもない生の光景としてなんだか眩しかった。


当たり前だけど図書館には本がたくさんあって、本をぱらぱらめくったりそのうち何冊かを借りたりしていたらあんまり勉強には集中できなかった。
ていうかいつもツイッターに行ってしまうのが書架になったというだけだった。

SLの檻のベンチでさん付けで呼んでいるのに呼び捨てされる